兼好法師

徒然草


<原文>
  この法師のみにもあらず、世間の人、なべて、この事あり。若きほどは、諸事につけて、身を立て、大きなる道をも成じ、能をもつき、学問をもせんと、行く末久しくあらます事ども、心にはかけながら、世をのどかにおもひて、うち怠りつつ、まづ、さしあたりたる、目の前の事にのみまぎれて月日を送れば、事々成す事なくして、身は老いぬ。つひに、物の上手にもならず、おもひしやうに身をも持たず、悔ゆれども取り返さるる齢ならねば、走りて坂を下る輪のごとくに衰へ行く。されば、一生の中、むねとあらまほしからんことの中に、いづれか勝ると、よくおもひ比べて、第一の事を案じ定めて、その他はおもひすてて、一事を励むべし。

兼好、執筆中



<現代語訳>
 この法師だけではなく、世間の人は、一般に、このようなことがある。若い時は、いろいろな事につけ、立身出世をし、大きいことをやり遂げ、芸能をも身につけ、学問もしようと、将来の遠い先の計画をいろいろと心の中で考えながらも、一生をのんびりしたものだと考えて、怠け続けて、まず直面している目前のことばかりに追われて月日を過ごすので、どれもこれも成就することもないまま、身は老いてしまう。結局は、一つの道の達人にもならず、思ったように出世もせず、後悔はしても取り返すことの出来る年齢ではないので、走って坂を下る輪のようにどんどん衰えていく。だから、一生のうち、自分が主に成し遂げたいと思うことの中で、どれが一番勝っているかと、よく比較して考え、一番大事なことを思い定めてそれ以外は断念して、一つのことに励むのがよい。

横井の総評

 人生は、いかに早く打ち込む一つのことを見つけ、そして、より深く取組むことの大切さを吉田兼好は説いています。
 一生のうちで自分が一番成し遂げたいと思うことをしっかり考え、人生を歩むということです。